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2008年8月

明来18

 10回、12…。呼び出し音を数えながら、今は迷惑な時間かしら。そう思って切ろうとしたときに
「もしもし。」と明るい声が応えた。
「明来ですけれど。」
「はい。」
「あのう、トンカツ食べながら、もう少しきちんとバンドの話をしたいなと思ってお電話しました。」
「そうだね。ちゃんと話さなくちゃね。でも、しばらくは外食を控えようかと思っていたんだ。」
「そうなんですか。何かあったんですか?」
「いや、今、金欠なだけ。エアコンが壊れて買い換えちゃったり、今月は出費が多くて…、ちょっと家でおとなしくしていようかと。」
「そうなんですか。私、バイト代出たばっかりなので、トンカツごちそうしますよ。」
「いやいや、そんなことはできないよ。」
「いいんです。早く音楽やりたいし、それに…まさしさんに会いたいし…。」
こんなにもストレートに自分の気持ちを言えた自分に驚いた。しばらくの間をおいて
「じゃ、明日の夜、会おうか。」
という、私の期待に添った応えが返ってきた。

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明来17

 大学生活にもすっかり慣れ、講義を聴くことにも集中力がなくなってきていた。少人数の演習にはさすがに緊張感があるが、大講堂での授業は物思いにふけるゆとりの時間と化してしまっていた。
 それだからと言うわけではなく、私の耳には教授の話は全く入って来なかった。昨日も今日も、妙に落ち着かない自分が居る。理由はわかっていた。水なす以来、まさしさんからは何の連絡もないのである。この一週間が、私にはとんでもなく長い時間に感じられていた。
 一昨日、思い切って私からメールをしてみた。「トンカツのリベンジは、いつにしますか?」って。けれどもメールは返って来なかった。トンカツじゃなくて、彼とは音楽の話をしなければいけない。彼が作ろうとしているバンドに、私も加入させてもらえるのか。もしもそれが可能だとすれば、私はどんな勉強をしてどんな曲の練習をしたら良いのだろう。やはりボーカルスクールとかに通わなくてはいけないのだろうか。
 こんや、電話してみよう。何時頃かければ、お仕事の迷惑にならないかしら。
 教育心理学のノートには、ただ意味のない図形が描かれていた。
 

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明来16

 木曜日の夜、まさしさんと恵比寿で待ち合わせをした。
 例のものすごく美味しいトンカツ屋さんについての説明を、駅から歩きながら聞かされた。何でも、ミルフィーユトンカツと言うのだそうで、薄いお肉を何層にも重ねて揚げているということだ。ものすごくやわらかくて美味しいらしいと、彼は力説した。それって、お肉の質が悪いんじゃないかしら、とは思ったけれど、トンカツは私も大好物なのでちょっと楽しみだった。

 残念ながら、長蛇の列。開店時間内には食べられないということで、店の前まで行ったが断念することになった。そうなると、本当に悔しい思いが残る。ジューシーなお肉をからっと揚げた衣が包む。そんなトンカツを頭の中で描き、私の胃袋はすでにそれに反応していたからだ。
「必ず、また来ましょうね。」
思わず私は、力を込めて言ってしまった。
そんな私を受け止めた笑顔は、初対面のあの時と同じだった。そしてきれいな横顔を見せて言った。
「水なす食べてから、飲みに行こうか。」

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明来15

 「おいしい豚汁の作り方、知っていますか?」
という、唐突なメールが来たのは、横浜のライブから三日経った日のことだ。
 平日の午後、仕事のあいまにメールをしてきたのだろうか。しかも、なぜ今「豚汁?」まだ豚汁を食べるには暑すぎる季節だと思うが。あのライブの日は、音楽の話以外にもたくさんの話題で盛り上がった。いろいろなことにこだわりのある人だな、ということも感じた。
でも、数日経って、前置き無しに「豚汁の作り方」はないだろう。

 それでも、一応、私の知っている豚汁の作り方を簡単にメールで返した。数時間後、「ありがとう」と、ひと言だけのメールが返ってきた。バイト中だったので、「これだけ?」とは思ったものの、そのままにして返信はしなかった。

 その夜、またまさしさんからメールが来た。
「恵比寿に、ものすごく美味しいトンカツ屋さんがあるっていうんだけど、今度一緒に食べに行きませんか?」
豚汁の次はトンカツか…。

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明来14

 ちょっと並んだだけで、当日券は簡単に手に入った。それでも、会場内はかなり混雑していて、それなりにファンの多さを感じた。誘われなければ、絶対に聴かないジャンルかもしれないし、わざわざライブに来ることなど無かったであろう。ジャンルに関わらず、良いものは聴いておくべきだと思っているので、このライブに誘ってもらったことに感謝している。

 爆音とテクニックとプレイする姿に圧倒されたまま、2時間のステージは終わった。さすがにすごかった。なかなか興奮が冷めない、乾燥した喉を潤すために、赤レンガ倉庫内のカリフォルニアのにおいのする店を選んで、私たちはテーブルについた。
 話は尽きなかった。たった今終わったライブのこと、自分たちのやりたい音楽について、好きなアーティストについて…。彼の話の面白さに、私は終始笑いどうしだった。

 私たちは渋谷で別れた。私のアパートは、渋谷から井の頭線に乗り換える。彼の家は、池袋からやはり私鉄に乗り換えて数駅ということだった。
「今日は楽しかったです。誘っていただいて、ありがとうございました。」
「こちらこそ。付き合ってくれてありがとう。」
「じゃ。」
と、彼は私に背を向けて歩き出した。
 楽しかったけれど、彼がどういう人なのかは何もわからなかった。わかったことは、まさしという名であることと、偶然にも誕生日が私と同じであるということだけだった。

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明来13

 携帯電話にメールが入ったのは、あれから一週間が過ぎてからだった。9月に入り街から夏休みらしさは消えていったけれど、日中はまだ暑い。そして、大学生の私たちにとっては、まだ少し自由な時間が残っている。

 池袋で会ってから何の連絡もなかったので、あの人と一緒にバンドを組むことはないのだなと思っていた。それならそれで仕方のないことだけれど、なぜかあのきれいな横顔が頭の中を離れずにいた。
 メールの内容は、「今度の土曜の夜、一緒にライブに行きませんか?横浜の赤レンガ倉庫の中にあるライブハウスなんだけれど、海外から有名なギタリストとドラマーが来て、日本の名ベーシストとセッションするんです。もしもお時間があったら、一緒にどうですか?」
というライブのお誘いだった。
 音楽をやりたいと言っても、どんなジャンルをやりたいのか、自分でもあまりよく解っていなかった。最近はずっとジャズギターを聴いているので、自分でジャズが歌えたらいいなとは思っていた。でも、聴くのはどんなジャンルもオーケーな方なので、とっても上手なプレーヤーのライブなら行ってもいいかなと思った。今度の土曜は特に予定もないし。

 「横浜のライブ、是非ご一緒させてください。赤レンガ倉庫なんて、ステキですね!お誘いありがとうございます!」
と、メールを返した。
 また、あの横顔が脳裏をかすめた。

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ルリ12

 間もなく、ブルーの猫の首輪は届いたわ。パソコンのモニターで見たものと現物とでは少し色合いが違ったけれども、こんなに早く欲しい物が手に入ることにちょっと興奮した。癖になってしまいそうだった。私もクレジットカードを作ろうかしらと仁さんに相談すると、
「そんなに高い物を買わないならば、これを使っていていいよ。」
と、首輪を買うときに仁さんが入力していたIDとパスワード、そしてクレジットカードの番号を教えてくれた。
「いいの?」
「うん。買うときに言ってくれれば構わないよ。」
 私は嬉しかった。インターネットで自由に買い物ができるという喜びだけでなく、仁さんが、自分のIDやカードNo.を私に教えてくれたということに、親密度が増したようでとっても幸せな気分になった。

 「ところで、僕の部屋にはテレビとビデオデッキが二台ずつあってね、こちらに一台持って来てもいいかな。」
「寝室の方にも一台あると便利でしょ。どう?置ける?」
「置けるけれど、いいの?」
「うん。寝室でテレビを見ながらゆっくりすると、気持ちも身体も休めるよね。」
私の寝室に、仁さんはまだ入ったことがない。土日も別の仕事をしている仁さんに、休む時間はあるのだろうかといつも心配になる。平日も、夕食は私の部屋で一緒にとることが多いけれど、食後ひとしきりおしゃべりをして必ず自分の部屋に帰って行く。マロンを連れて。
 寝室でテレビを見ながらゆっくり、という言葉に、私はドキドキしたわ。

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ルリ11

 「インターネットが楽しくなってきたなら、ネットショッピングとか、ネットオークションとかもやってみたら?」
「欲しいものなんて、特にないから…。」
「日常の生活必需品とか、食料品も買えるんだよ。」
「市販されているものよりも種類が豊富だし、安いよ。」
「買い物に行く手間が省けるし、支払いはクレジットカードでオーケーなんだよ。どう?やってみる?」
「うん、やってみようかしら。」

 ネットショッピングでいろいろな物を検索してみた。時間が経つのも忘れるくらい楽しかった。仁さんが言ったとおり、こんな物まで売っているの?お店では見たことない!という商品がたくさんあった。
 そして、ひとつ、これは欲しいなという品物が目にとまった。猫用の首輪だ。男の子のマロンも、少しくらいお洒落をしてもいいかなと思う。南国の海を思わせる透明感のあるブルーは、マロンの栗毛によく映えると思った。
「これ、欲しいな。」
「いいね。注文しよう。」
「あ、でも私、クレジットカード持っていないの。今まで使ったことなかったから。」
「そうか…。じゃ…、わかった。」
と言って、仁さんは素早くIDとパスワードを入力して手続きを完了してくれた。
「仁さんのカードを使ってくれたの?」
「うん…、まあね。」
「ありがとう!」
「あとは、商品が届くのを待つだけだよ。」
「楽しみだわ!それに、インターネットでのお買い物、とっても楽しいわ。」

 また少し、私の生活に張りができたと思って、嬉しくて仕方がなかったわ。

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ルリ10

 インターネットってすごいなって改めて感じてしまう。
 毎日仕事でパソコンは使って慣れているものの、職場でゆっくりインターネットで遊べないからな。私自身の生活が変わってしまった。
 今までも仕事が終わればまっすぐ帰宅していたけれど、とにかく早く帰りたくなった。アクセスするサイトがそんなに多いわけじゃないけれど、星占いやお料理のレシピなどでも充分に楽しめた。お料理のレパートリーを増やして、美味しいもの作って、仁さんとマロンを待つことは最大の楽しみだっだし。

 仁さんの居ない土日も、インターネットのおかげでそんなに寂しくなかった。パソコンの前に座りっぱなしの私に、遊んで欲しくてマロンは小さな声で鳴き始める。鳴き声が外に漏れてしまっては困るので、私は少しマロンと戯れる。マロンが満足すると、私はまたパソコンに向かう。

 パソコンが私の部屋に置かれたことで、私自身も少し変わっていったの。

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ルリ9

「パソコン、無いの?インターネットとかしないの?」
「会社では使うけれど、家にはないの。」
「そうなんだ。買い物とかも、今はネットですると便利だし安いよ。」
「そうなの?」
「うん。僕の部屋に使っていないノートパソコンがあるから、持ってくるよ。」
「この部屋でも、インターネットが使えるようにしようよ。」
「そうね。さっそく手続きするわ。」

 仁さんの趣味は、パソコンのようだっだ。私の部屋にもパソコンがあれば、一緒に居られる時間がさらに長くなると思って、嬉しくて、急いでインターネットの申し込みをしたわ。
買い物といっても、私にはこれといって欲しいものはないけれど、インターネットで新しい世界が広がるかも知れないし、仁さんの趣味に合わせたいと思ったの。

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ルリ8

 恋愛経験が少なく、男の人とどんな風に話したらよいのかもよく分からない私には、相手のことを知るということも難しかった。いろいろと聞くのは失礼な気がして、相手が話してくれることをただ頷いて聞いていた。もっと知りたいと思っても自分からはなかなか言い出せずにいた。
 だから、仁さんの仕事についてはよくわからなかった。解ったことは、月曜から金曜までの仕事と、土日の仕事と、二つのことをしているということだ。それじゃあ休みが無いじゃない!と思ったけれども、土日の仕事の方は、気持ちが解放されるし好きなことをやっているので辛くはないということだった。
 私は、休む暇のない彼のために夕食を作り、帰りを待った。ウィーク・デイの彼は、夕方6時頃に仕事から帰ると、マロンを連れて私の部屋を訪れた。一緒に食事をして、ひとしきり話をして、マロンと戯れて、自分の部屋に戻っていく。そして、土日は私にマロンを預け、泊まりの仕事に出かけ、月曜の夜に帰ってくる。
 果たして、こんな関係を恋愛と呼べるのか。私には自信が無かったわ。でも、私にとっては、仁さんとマロンと過ごす短い時間はかけがえのないものだったから、決して失いたくないと思っていたの。

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ルリ7

 平凡な建設会社のO.L。
 ウイーク・デイは会社とアパートの往復だけに疲れて、終末は遅く起きて、気が向けばショッピング。そんな私の生活に少し変化が起きていたわ。
 土曜日の朝になると仁さんがマロンを預けにやってくる。そして月曜の夜までは私とマロンとの二人暮らし。だから終末のショッピングは会社の帰りにするようにしたの。マロンは黙って私の話を聞いてくれた。イヤミな上司のこと、私にばかり意地悪く当たる先輩のこと。マロンが私の膝の上でまあるい目をさらに大きく見開いて、私の顔を見上げながら聞いてくれるから、私は安心していろいろな話ができた。そんな落ち着いた、マロンと二人きりの時間が大好きだった。

 でも、もっと楽しい時間が私にできるなんて。叶わぬこと、と、期待しないようにしていたけれど、一度味わったこんなに幸せな気持ちは、もう何があっても手放したくないと思うようになっていたわ。
 仁さんは、ウィーク・デイの夜も私の部屋を訪れてくれるようになっていたの。
「マロンがね、2階に行きたいって鳴くんだよね。」
「迷惑だと思うけれど、ちょっといい?」
そんな日が週に三日。ううん、毎日になっていったの。

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明来12

 気が付くと、注文したコーラはすっかり飲み干され、グラスの中の氷も水に変わっていた。初めて会った人とは思えぬほどいろいろな話をした。テンポのよいおしゃべりには、時間が経つのも忘れてしまうほど楽しかったような気がする。

 駅に向かって並んで歩きながら、ちらっと彼を見上げた。横顔がとってもきれいだった。
でも、なぜか不安だったのは、たくさんの話題があったはずなのに、彼がどういう人なのかは何もつかめなかったことだ。しかも、なぜ今日この人と会ったのかという目的さえ解らなくなっていた。

 この人と一緒に、音楽する日は来るのかしら。
 駅の改札で分かれたが、次に会う約束はしなかった。

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